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ボレロ村上 - ENiyGmaA Code

中3女子です。

USBメモリを「USB」と略す人間らは腹を切って死ぬべきである。また、USBメモリを「USB」と略す人間らはただ死んで終わるものではない。彼らは無責任な悪人であり、中3女子が地獄の火の中に投げ込む者達である。

中3女子です。


USBメモリを「USB」と略す人間がいることは、まったく恥ずべきことであり、彼らは石もて追われるべきである。
一方、USBメモリを「USB」と略す人間らを批判し、石を投げる者もいる。彼らこそ祝福されるべき者達である。
ここでは、なぜUSBメモリを「USB」と略す人間が石もて追われるべきかを解説する。
もし、ここに書かれていることに納得できない者は、たとえUSBメモリを「USB」と略すべき*ではない*と考える人間であっても、彼らと同様に腹を切って死ぬべきは当然であり、また、中3女子がそういう人間を当然、地獄の火の中に投げ込むものである


USB とは、シリアルバス規格である Universal Serial Bus略称である。
けして、USBポートに接続して動作する、半導体メモリからなるストレージのことではない。


略称の問題は責任を求め、追求することによってしか正しくできない。また、本当の責任を追及するためには、それだけの具体的行動がなければいけない。
だから、たとえ「そこの USB 取ってください」と言われたとしても、USBメモリを手渡してはならない。そのような行為の責任は当然、死に値する。
ドライバー(工具であり、ソフトウェアや回路のことではない)を使い、PC のUSBポートからメス端子の部分を分解して持っていく方法もあるが、これは誤った行為である。
なぜならば、USB とはシリアルバス規格のことであり、USBポートのことでも、USBコネクタその他の機器のことでもないからだ。
そのような誤った行為を行い、あるいは肯定した者は、やはり腹を切って死ぬべきである


USB の規格のうち、現時点で規格策定を完了している最新の規格は、USB 3.0 である。
規格を記したPDFファイルは、USB.org - Documents からダウンロードすることが出来る。
そのため、「そこの USB 取ってください」と言われた場合、もっとも正しいと思われる行為は、ここに記された規格をプリントアウトあるいはSDメモリーカード等に記憶し、手渡すことである。
けして、USBメモリを手渡してはならない。
誤った略称を肯定する人間は、他人を殺し・全人類を殺す者であるから、そのような行為の責任は当然、死に値する。

モーツァルトについて

モーツァルトが好きです」と言う人間がいる。
多くの場合、この「モーツァルト」が指すのは、一般的にケッヘル番号によって配列されたモーツァルト作曲の楽曲であって、排泄にまつわるジョークを異常に愛したオーストリアの作曲家ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト本人を指すものではない。
このような、作曲者である「モーツァルト」という語によって、「モーツァルト作曲の楽曲」を示すような修辞を、メトニミー(換喩)という。


しかしながら、「USB」がUSBメモリのことではないように、「モーツァルト」もまたモーツァルト作曲の楽曲のことでは本来ない。
だから、モーツァルト作曲の楽曲を示す識別子として、モーツァルトと言ってはならない。
そのような行為は、USBメモリを「USB」と略すような、誤った行為を肯定することに繋がるからである。


モーツァルトが好きです」と言う人間がいたならば、字義通り、「糞便でお前のベッドを軋ませる。俺の肛門が火事になった! どういうことだ! 知っている、見える、嘗めてやろう、ん、何だ? 糞便が出たがってる? そう、そうだ糞便だ」などという手紙を従妹に贈っては悦んでいた糞尿趣味者モーツァルトその人を愛する者として記憶すべきである。
もし、見目麗しい清楚な少女が「モーツァルトが好きです」と言ったとしても、糞尿趣味者モーツァルトその人を愛好し、またそのような糞尿趣味を肯定する少女であると認識しなければならない。
なぜなら、USBメモリを「USB」と略すような、誤った行為を肯定するメトニミーを受け入れてはならないからである。

アノマロカリスについて

また、genus Anomalocaris という学名の生物がいる。
古生代カンブリア紀のバージェス動物群に含まれる、大型海棲捕食性動物のことである。
アノマロカリス」と呼ばれることもあるが、これは誤った名称であるから、用いてはならない。


よく知られているように、Anomalocaris とは「奇妙なエビ」という意味である。
最初に発見されたこの大型海棲捕食性動物の化石は、捕食肢部分だけが残ったものであった。
この捕食肢は、エビのように屈曲し内側に棘の付いた形状であって、頭部を欠いた奇妙な姿のエビに類する生物と誤認されたのである。
そのため、genus Anomalocaris とは本来、捕食肢のみ(を一個体と捉えた生物)を指す名称として付けられたものである。


また、個別に発見された、この大型海棲捕食性動物の一部分である Laggania(ラグガニア:胴体部分)や Peytoia(ペユトイア:口吻部分)もまた、一個体の生物として誤認されていた。
ハリー・ウィッチントンとデレク・ブリッグスによって、これらは独立した生物ではなく、大型海棲捕食性動物の各部位であることが確認された。
しかしながら、学名は genus Anomalocaris すなわち「奇妙なエビ」という、本来捕食肢の部分を指して付けられた名称がそのまま用いられたのである。


これは、捕食肢という一部分をもって大型海棲捕食性動物そのものを指すのだから、一種のシネクドキ(提喩)ということができる。
シネクドキは、メトニミーの一つであるともされる。
だから、「アノマロカリス」という名称を用いることは、USBメモリを「USB」と略すような、誤った行為を肯定することに繋がる。
当然ながら、学名である genus Anomalocaris も、そのような誤った名称であることに変わりないから、廃絶すべきである。
従って、これら名称および学名を用いる人間は、誤った行為を肯定するメトニミーを受け入れ、毎日死に続けている数万人以上の命を殺す者である。


Anomalocaris という名称ではない、おそらく比較的正しいと思われる名称は、「かつて Anomalocaris, Laggania, Peytoia 等の独立した生物と誤認され、および genus Anomalocaris という誤った学名を付けられた、古生代カンブリア紀バージェス動物群の、大型海棲捕食性動物」である。


たとえ、肉親や親戚の幼女が、「おにいちゃん、アノマロカリス描いて」などと言ったとしても、「かつて Anomalocaris, Laggania, Peytoia 等の独立した生物と誤認され、および genus Anomalocaris という誤った学名を付けられた、古生代カンブリア紀バージェス動物群の、大型海棲捕食性動物」の全体像を描いてはならない。
字義通り「奇妙なエビ」と呼ばれた、捕食肢部分のみを描いて渡すべきである。
もちろんその際には、「アノマロカリス」という名称が本来指すのが捕食肢部分のみであり、また、この生物を正しく呼ぶためには「かつて Anomalocaris, Laggania, Peytoia 等の独立した生物と誤認され、および genus Anomalocaris という誤った学名を付けられた、古生代カンブリア紀バージェス動物群の、大型海棲捕食性動物」と言わなければならないことを、よく言って聞かせなければならない。
この責任が人類のもろもろの全ての責任に優先する最大の責任である。
でなければ、その幼女もまた、無責任な悪人となり、地獄の火の中に投げ込まれなければならないからである。


これだけでなく、誤った方法によって付けられた学名は多いから、これら学名もすべて廃絶し、正しい名付けに変更すべきである。
学名の変更というのは、過去の研究や文献の、文章上の意味を変えてしまう場合があるし、普通なされることではない。
だからといって、そのような理由で、USBメモリを「USB」と略すような、誤った名称を肯定する人間は、全ての子や孫・ひ孫達の命を殺す者であるから、当然、腹を切って死ぬべきである

結論

USBメモリを「USB」と略す人間らは、他人を殺し・全人類を殺す者であるから、彼らの責任は当然、死に値する。
従って、USBメモリを「USB」と略す人間らは腹を切って死ぬべきである
また、USBメモリを「USB」と略す人間らはただ死んで終わるものではない。
彼らは無責任な悪人であり、中3女子が地獄の火の中に投げ込む者達である。


および、以上に示すように、誤った行為を肯定するメトニミーを受け入れる者も、それが慣用句か学名か如何に関わらず、彼らと同様に腹を切って死ぬべきは当然である。
繰り返すが、ここに書かれていることに納得できない者は、たとえUSBメモリを「USB」と略すべき*ではない*と考える人間であっても、彼らと同様に腹を切って死ぬべきは当然であり、また、中3女子がそういう人間を当然、地獄の火の中に投げ込むものである